忍者ブログ
能とタイポグラフィ・製作日記など
本を作りました。
「んぬめえ、んのめめんの…!」
という本です。
三冊セットです。
全体2
表紙が緑・本文が紫のは「んぬめえ、んのめめんの…!」
表紙が青・本文が白のは「んてへんく、きさちんて、てひ〜」
表紙が赤・本文が黄色は「み、はほまおす?ぬめーゐ。」
です。
(日本語ですよ。)

閉じるとこんなかんじ。黒い箱におさまります。
全体箱入り


この本は、縦・横・斜めに展開します。迷うように読む本です。
(画像は、クリックで大きくなります。)
んぬめえ
てひ〜
はほまおす?

絵は、多摩美術大学環境デザイン学科3年で、私も所属している和太鼓研究会のリーダーでもある、大林元さんに描いてもらいました。
和太鼓も忙しい中、不思議でかわいいイラストを大量に描いていただきました。
見る角度によって、四面でみえたり六面でみえたりする構造なのですが、
絵がきちんとつながるように描くのに苦労していました。
ありがたい。ありがとう!

この作品は、今年の多摩美術大学芸術祭で展示させていただきました。
たくさんのコメント、お褒めの言葉をいただき、感謝です!
ご来場いただいた皆さま、ありがとうございました。
次に繋がるアドバイスもいただき、今から次回作にわくわくしています。
大学院の研究で作っているフォントとからめてみたいなーとも思っています。
何しようかな!

引き続き、がんばります!

今日は立冬。
今年の芸祭は例年よりもあたたかい3日間となりましたが、これからぐっと冷えますね。
みなさんもお気をつけておすごしください。
寒い時には生姜ですよ〜

では!
PR
紙製LED照明「Folderlight」を試作しました。
商品化とかは未定ですが、見通しがつけば今年の芸術祭で売りたいなあ。

LED配線などは、情報デザイン学科の間宮尊さんにご協力いただきました。



10cm角のたたんだ紙を開き、一周すると点灯する仕組みです。
 すべてのものは現実である。非現実などというものは存在しない。非現実と呼ばれようとも、確実にそれは存在する現実である。人間が現実を「現実/非現実」として分類するのは、アイデンティティを含む自らの正気を保つためである。

 「シミュラクル」は、常に本物との対比である。虚構は現実を基準にしてより隷属的にあるものであるという前提を元にしている。全てはシミュラクルであるというボードリヤールの論理も、真実という基準の位置を巧妙に移動することによって、虚構の範囲を広げてみせたにすぎない。

 しかし、そもそも、「現実/虚構」という区別そのものが、人間が自身の社会的存在のために作り出した拠り所にすぎない。アーティストにとっての「現実のモナ・リザ」は、ルーブルにある一枚のモナ・リザだけであるとすれば、その複製はモナ・リザとして虚構と言える。しかしそれは、自由であり表現された哲学であるべきアートとしてはあまりに前時代的な基準である。五感に感じるものを現実の基準とすれば、それが画素による電気信号であろうと、絵の具に反射した光であろうと、全てはただの現実である。更に、五感を電磁波や音波を感じるセンサーにすぎないと考えれば、あらゆる感受性は不確かなものになる。その時に残るものは、デカルトの言う「我思う、故に我あり」、つまり、思考可能であることが現実であるという基準である。この先にあるのは思考を否定した世界、すなわち言語のない世界である。そのレベルに達することは、宗教であり、エクスタシーであり、多くの人間から見れば狂気だ。

 アーティストは、現実の基準を五感のレベルより先におくことはできない。そうでなくては、「表現する」というアーティストとしてのアイデンティティを保持できないからだ。電気信号を、電子媒体越しに感知させることを「表現している」と認めることで、メディアアートは成立した。もしも五感で感じ得ないものさえ現実であるとすれば、アーティストとしての肩書きは崩壊し、ただの哲学者になってしまう。(哲学者と自覚する者すらも、自らが思考していることを証明するために本を書かなければならないのは不幸なことだ)また、アートの枠組みもあやしくなってくる。作品として形にならない想像さえもアートであると言えてしまうのだ。しかしその存在を伝えるために表象した瞬間に、五感に感じ得るものになってしまうため、想像をアートであると定義することは難しい。アーティストという存在は五感で感じ得るレベルにあるものを現実とすることに依存していると言える。

 アーティストは、五感で感じ得ない現実を「非現実」として切り捨てることによって自らを定義していることを自覚するべきだ。現実/虚構、理性/本能などという言語によって型抜きされ、五感によって感受され、情報によって伝達されるずっと前のレベルで、世界は現実として存在している。その圧倒的存在を言葉によって分割するのは、非を定義して自らを是とし、その立場を確実なものにしようとする人の弱さの表れにすぎない。理性ある人間は、「現実/非現実」という言葉によって自らの社会的存在が保たれていることを自覚し、その基準を自ら選びとる程度のことはしなければならない。ましてやアーティストがそれに無自覚であることは、あまりに幼稚である。
相変わらず和太鼓と研究と何足かわらじを履いています。

多摩美の和太鼓研究会では、毎年高尾の神社のお祭りを運営しています。
そこのフリーマーケットコーナーの参加者、現在募集中です。


◯高尾天神社例大祭フリーマーケット◯

高尾天神社 例大祭は多摩美術大学の和太鼓研究会が運営しているお祭りです。
高尾天神社は、高尾駅から5分程度の場所にある、小さな神社です。
フリーマーケット・太鼓の演奏・餅つき・ビンゴ大会などが行われます。
地元の方を中心に、毎年たくさんの方に来ていただいています。

■開催概要■
5月29日(日)
11:00〜16:30
@高尾天神社(JR・京王線高尾駅から徒歩10分)
※雨天中止

1.2 × 1.2 m = 1スペース
複数スペース申し込みOK
出店費無料

火気の使用・他スペースの迷惑になる行為以外であれば、
手作り品の販売、パフォーマンス、食品販売等、何でもできます。
遅刻・早退等時間も自由にしていただけます。
ご質問には何でもお答えします。お問い合わせ下さい。


↓お問い合わせ先↓

多摩美術大学大学院・デザイン専攻1年
坂田 光(さかた ひかり)
fleamarket.takao@gmail.com



大きな地図で見る

学外展が終わって
学内展と卒業式が中止になって
ようやく春休み

Web上で動くような作品作りたいなあと思って
HTMLやプログラミングについてかじりはじめています。

それと、楽器のフォント作りの準備
タイポグラフィの本を読むこと
来週は奈良へ旅行。
卒制試作中。
今日は印刷するパターンを作り、パーツの位置に当てはめる作業でした。



年末年始は寒くなるようですね。
キリッと冷えた年明けは、前向きな気持ちで1年を始められそう。

明日は朝から高尾へ行き、高尾天神社の除夜祭の手伝いをしてきます。
そのまま年越し。
|  HOME  |   次のページ >>
AUTHOR
HN:
坂田 光
性別:
女性
職業:
学生
自己紹介:
多摩美術大学大学院
グラフィックデザイン領域
能・タイポグラフィを勉強中。どちらも始めたばっかり。

◇◇◇リンク◇◇◇
卒業制作「潮」
twitter
◇◇◇◇◇◇◇
鑓水太鼓
CALENDAR
04 2012/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
LATEST COMMENT
LATEST TRACKBACK

Template by Emile*Emilie
ブログ [PR]アルバイト 入院保険